喪中期間中に神社仏閣にお参りするのはダメなの?意外と知らない常識について

神社(神道)とお寺(仏教)で考え方が異なる

「喪中期間中は神社やお寺に参拝してはダメ」というのを聞いたことがないでしょうか?
しかしそもそも、神社は神道、お寺は仏教で、基本的な考え方が違っています。

神社では、喪中期間ではなく「忌中期間」にはお参りは避けた方が良いです。
忌中というと亡くなってから四十九日までの期間を言います。

そもそも神社(神道)では、死=穢れとして忌み嫌うものとして考えられています。
神社で葬儀をしないのもそのためで、忌中期間中は穢れを避けるために参拝しないということになっています。

ところがお寺(仏教)の場合は死=穢れとは捉えていません。
仏教では人は死ぬと仏になるされていて、葬儀も執り行いますし、亡くなった方をお参りする習慣があります。
ですので、服喪期間であっても、お寺に参拝することは全く問題ないのです。

高野山で感じた、様々な仏教に対する包容力

ここからは喪中に関係のない余談です。

弊社は和歌山県にあり、和歌山県には仏教の総本山である「高野山」があります。
高野山は、空海(弘法大師)が開いた、真言密教の修行の場ですが、1000年以上もの間、仏教の聖地として崇められています。

筆者は毎年、高野山に行くのですが、奥の院に至る参道では有名な戦国武将を始め、数え切れないほどのお墓があります。

敵同士、血みどろの戦いを繰り広げた戦国武将たちのお墓が仲良く並んでいるのは、非常に興味深いものがあります。

その中で感心するのは、例えば浄土真宗の開祖・親鸞聖人の墓もあることです。
浄土宗の法然上人の墓もあります。
これは、親鸞聖人らが高野山で仏教の修行をした所以から、お墓が建立されているわけです。

他にも、キリスト教(景教)のお墓もあります。
世界の宗教というのは、なかなかお互いを認め合うことがなく、いがみ合ったり、果ては戦争になってしまうことも歴史の中ではあるのですが、高野山に関してはあらゆる宗教に対して寛容で、包容力があるように感じました。

他にもびっくりするのが、近年になって発見されたそうなんですが織田信長の墓まであるというのです。
比叡山に続き、高野山も焼き討ちしようとしていた信長は、高野山のいわば敵です。
その敵の墓の建立を許すなんて、どれだけ懐が深いんだと思います。

高野山は今や観光地として人気で、観光客の半数以上が欧米人になっています。
でも本当の姿は仏教(真言密教)の修行の場であり、仏教の聖地であるということを忘れてはいけません。
筆者も、喪中の期間でも高野山には参拝していました。

喪中の方でも、機会があればぜひ高野山に参拝してはどうでしょうか。
参拝しながら、亡くなった方に思いをはせるのが、何よりの供養になると思います。